文化と歴史

英語は正しければいい? 本当に通じるだけでいいの?

英語は文法上正しければ間違いないじゃないか、別にネイティブ表現にこだわらなくても通じればいいじゃないか、

まだまだこんな考えをもつ方は少なくないかもしれません。

英語はアジアの言葉ではありません。それは地球の反対側に住む全く別の人種の言葉。歴史はもちろん、

人々の感性や物事の視点、常識の原点となる宗教も全く異なります。

人は何でも自分と異なるものを差別する生き物です。言語だって同じ。

もちろん全員が全員ではありませんが、英語のネイティブにとってもやはり自分と異なる言葉を使う

人は差別するのが一般的。残念ですが、これは英語圏に限られたことではなくどこも一緒ですよね。

一般的に、自分たちと同じようにしゃべれない人たちを 「take advantage」 、巧みに悪用したり

つけ込んでだましたりすることは決してめずらしくありません。

よく考えてみてください。 「Try to put your feet in their shoes」 (直訳: あなたの足を彼らの靴にいれて

みてください。 → 意訳: 彼らの立場になって考えてみてください。)

外国の方が自分の近所に引っ越してきたとしましょう。 どんな人なのか興味をもってその方に挨拶しにいくとしましょう。

すると出てきたその外国からきた人は他のアジア圏の国からの人だとします。

その人は日本語をとても上手く話しますが、どれも正しく、教科書通りの日本語。

それは決して間違ってはいないもの、私たち現地の日本人がふだん使う言葉では無かったとします。

となればその人がいないところではその人の 「変わった」、「面白い」、 「変な」 表現を真似て笑って

うわさ広めたりする人、バカにしたりする人、陰で差別する人がでてきても決して珍しく無いですよね?

これは各自がみな、 「私はそんなことしません」 とかの問題ではなく、そういう方はどこの文化、言語、国の中でも必ずいるということ。

ではもう一つの例で別のパターン。同じ状況で新しい外国人が近所に引っ越してきたんですが、その人は日本語はめちゃくちゃでせいぜい片言ずつが精いっぱいの様子。おまけに発音もめちゃくちゃで決して上手いとは言えないかもしれません。

しかしどうでしょう、その方は、いつも 「やっば~!」、とか、 「マジ上手くない、これ?」 や、「日本語って超むずくねっ?」 などの、普段皆さんが使う自然の表現を使いこなしていたとしたらどう思いますか?

世間で今流行りの、地元の人たちが使う自然な表現を使うその方は、少なくとも日本に長く住んでいる、またはよくおつきあいしていて親しい日本人の友人や仲間がちゃんといる、と思うかもしれません。

それは時代にあった今の日本の文化、感性や感覚をよく理解している人だと思ったりもしませんか?

そんな人は前者の正しい日本語を使う人よりバカにしずらい、笑いものにせずかえって付き合いやすい、なんなら自分もそんな人と友達になりたいと思うかもしれません。わかりますか?

そうそう、これです。このことを言っているんです!! これが理解できれば英語もまったく同じなんです。

発音が完全じゃなくても、文法が完璧じゃなくても、単語を全部覚えていなくても、、少ししかできない英語の表現がネイティブによく使われる表現、熟語、慣用句、ことわざなどであればそれはネイティブ側にとってもきっと差別、笑いものにしたりする前にもっとよく考えてくれることでしょう。

結論:英語は正しければいいというものではありません。通じればいいというものではないんです。もちろん、通じないよりは通じることに越したことはありませんが、時間かけてもネイティブによる自然な会話力を身につけることにはそれなりの大きな意味と効果があるということ。

せっかくのチャンス、今からでも遅くありませんよ~!!

Let’s have fun learning!!!

 

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